2009年06月16日

リダクテッド 真実の価値

たまには映画について語ろうと思います。


ブライアン・デ・パルマ監督が「イラク」を扱った作品。

“映像”が持つ魔力みたいなものを改めて考えさせる作品。

デジタル技術の進化により、一般の人間にも手軽に映像を扱うことができるようになった現代において、それとともに拡がったインフラ、つまりインターネットにおける映像共有サイトの存在が、「イラク」における問題提起の一つとして提示されてる。

なぜ「」でイラクとしているのは色々な意味があります。
“イラク戦争”“イラク問題”“イラク侵略”色々呼び方はありますが、ここではそれらの呼称含めて複雑な問題を孕んでいるため、単に「イラク」としています。

さて、この映画が示したテーマとは、
ストーリー的にはイラク、サマラの検問所のある兵士グループにおける実際に起こったレイプ事件を扱っている。
しかし冒頭でこれはフィクションである、とわざわざ断りを入念に入れている。

これは映像がもつ魔力を、作り手が一番よく解っている、ということを感じさせる。
どんなに実際に映像を使おうが、それは“編集”という魔力においてフィクションになることを避けられない現実として身に染みているからであろう。
垂れ流しの記録映像であればどうか、それは真実に近いものとなろうが、撮影者がある意図を持ってカメラを向けている限り、ある意味で真実ではあるが、ある意味でそうではないことになる。
それはこの映画で言うと、ドキュメンタリーチックな一兵士の映像はあくまで、彼の視点でしかない。
つまり、アメリカ人、いや、イラクのサマラの検問所のアメリカ兵のとある時間、でしかない。
アラブ人からの視点などはない。
だから、フィクションなのである。
使用する映像素材が実際のものか、映画として撮影されたものなのかは問題ではないのだ。
この映画では実際の映像を元に、忠実に映画用に再現されている。(少しだが実際のもある)

デ・パルマが提示したものは、つまりこのことであろう。
アメリカ兵がひどい、とか、アラブ人が悲惨だ、とかではなく、映像は一体何を伝えているのか、見る側は何を持って真実と判断するのか、真実とはどのような視点(観点)から導き出されるものなのか、ということであろう。

娯楽としては気持ちよく騙されよ!
しかし、真実を判断するときには用心せよ!

映像に携わるものとしてアイロニーでもある。


ちなみに私はデ・パルマ作品では「スカーフェイス」が好きです。

  

Posted by サブ研-エクリ-  at 23:58Comments(0)TrackBack(0)映画